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12月9日(日)PM4:00~富士見館で四会合同忘年会に参加させて頂きました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
12月8日(土)PM6:30~伝承工芸館において、12月定例会が行われました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
11月29日(木)PM7:00より産業会館4F大会議室において、11月臨時総会が行われました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
11月19(月)PM6:30~グリーンパレス松安閣にて、11定例会(卒業式)が行われました。 ![]() 今年の卒業生は、昭和42年生まれの、宮本敦君、宇野正毅君、鳴海信宏君の3名です。 ![]() 当日は、(社)陸中宮古青年会議所 山舘浩理事長をはじめとする5名の皆様、黒石青年会議所特別会員約20名の見守る中で行われました。 ![]() まずはじめに、後藤理事長が「卒業生のこれまでのJCでの活躍に敬意を表し、これからの地域での活躍を期待します」と挨拶をしました。 ![]() 続いて、卒業生に卒業証書が授与されました。 ![]() ![]() 続いて ![]() ![]() ![]() ↓1967年4月20日生まれの宮本敦君 ![]() ![]() ↓1967年11月16日生まれの鳴海信宏君 ![]() ![]()
11月17日(土)弘前市のホテルニューキャッスルにて、青森ブロック協議会新旧合同懇親会及び卒業式が行われました。 ![]() 黒石JCからは、メンバー12名で参加してまいりました。 小川ブロック会長が、「ひとりでできなくても仲間がいればできることがある」と、一年間の想いを込めた挨拶をされました。2007年に一緒に活動した仲間がJCを卒業してからでも、地域のために仲間として活動できることができれば、2007年に掲げた「あおもりの力」につながるものと確信いたします。 ![]() 続いて2008年度ブロック会長の渋谷拓弥君をはじめとする役員と理事長予定者が壇上に上がり2008年度の健闘を誓いあいました。 ![]() ↓今年卒業される青森ブロック内の昭和42年生まれの卒業生の皆様です。 卒業生の皆様の今後のご活躍をご祈念を申し上げます。 ![]() ↓2007年青森ブロック組織連携推進委員会に出向したメンバーです。 ![]() 2007年の青森ブロック協議会の活動お疲れさまでした。 そして2008年渋谷会長をリーダーとして更なる活躍を期待するところです。 参加されたメンバーはお疲れさまでした。
11月2日(金)午後7時半より、正調黒石ねぷたばやし保存会ボーリング大会が開催されました。 ![]() 当日は、保存会とJCメンバー合わせて20名ほどでボーリングを通じて交流を深めました。 ![]() 春から夏にかけては、保存会の皆様と事業を通じて顔を合わせる機会が多いのですが、ねぷた祭りが終わるとめっきり会う機会がなくなり、お久しぶりのような気がします。 ![]() 今年も、いろいろな場面で保存会の皆様にはお世話になりました。 これからも、地域の伝統文化の継承と、子供達に夢と希望が持てる「ふるさと」の創造に向かって共に頑張っていきたいものであります。 ![]() 参加されたメンバーはお疲れ様でした。
10月23日(火) びわの平ゴルフ倶楽部に於いて、じゃがいもクラブコンペが開催されました。 今回は、メンバーと特別会員に加え、姉妹JCである(社)陸中宮古青年会議所の山舘理事長、松原次年度理事長が参加されました。 じゃがいもクラブ会長の中村公成次年度理事長の力もなくなった?のか当日は前日からの雨も止み、この時期にしては絶好のゴルフ日和です。 ![]() 言い訳ができないような天気でしたが、スコアの方は、みなさんあまり納得がいかなかったみたいでした。(^_^) しかしそんなことは関係なく、和気あいあいと楽しい一日を過ごさせていただきました。 優勝は宇野正行先輩でした。 おめでとうございます。 コンペを企画された幹事の皆さんはお疲れ様でした。 遠いところ参加された、(社)陸中宮古青年会議所の山舘理事長、松原次年度理事長ありがとうございました。来年は宮古カントリーに行くぞーーー(^_^) 参加された、特別会員の皆様、メンバーの皆様ありがとうございました。
10月18日(木)PM7:00~黒石市産業会館4F大会議室にて、10月定例会を行いました。 ![]() まず、セレモニーの中で10月が誕生月の高木雄平君がスピーチを行いました。 ![]() 続いて、オブザーバーの北山豊さんと工藤圭さんが紹介され一言づついただきました。 ![]() 今回の定例会は、JCI University Japan より講師をお招きし、Japan Pride(日本人の誇り)についてのセミナーです。 ファシリテーター(進行役)には、鴻巣北本JCOBの生川由美先輩、秋田JCの青井智君です。 生川先輩は遠いところありがとうございました。これからの益々のご活躍を遠い空から、お祈りいたします。また青井君におかれましては奥様が黒石出身とのことで何かと黒石にはご縁があるかと思います、これからもよろしくお願いいたします。 ~千の風にのって~ は素敵でした(^_^) ![]() さて、セミナーですが日本人が忘れかけている日本人の誇り・・・周りへの感謝の気持ちや祖先への感謝の気持ち、そして今、私たちがこれからの子供たちのために何を残し、何を伝え、そしてどんな行動をしていかなければならないか、それは人間としてこの世に生を受け、人として如何な人生を歩むべきか、そのようなことを考えることができた大変よいセミナーでありました。 ![]() メンバーがグループ別に島を作りながら議論したり、100年後に残したいものを話し合いながら発表したりしました。 そして、終盤になり明治23年(1890年)6月に起こった、トルコの木造軍艦・エルトゥールル号の遭難のことについてのお話を生川先輩よりしていただきました。 簡略化してご紹介いたします。 ![]() 明治23年(1890年)6月、トルコの木造軍艦・エルトゥールル号が、和歌山県の熊野灘、大島付近で座礁し沈没した。587名が殉職、生存者わずか69名という、未曾有の大事故であった。 大島の人々は、島をあげて献身的な救助活動を行った。このエルトゥールル号遭難の報は、和歌山県知事に伝えられ、そして明治天皇に言上された。明治天皇は、直ちに医者、看護婦の派遣をなされた。さらに礼を尽くし、生存者全員を軍艦「比叡」「金剛」に乗せて、トルコに送還なされた。このことは、日本中に大きな衝撃を与えた。日本全国から弔慰金が寄せられ、トルコの遭難者家族に届けられた。トルコの人々は今でも感謝を忘れずに、大島の人々との熱い交流が続いている。 遭難事故から95年後、イラン・イラク戦争のまっただ中、イラクのサダム・フセインは突然、「48時間後から、イラン上空を飛行する航空機はすべて撃ち落す」と宣言した。各国は、自国より救助の飛行機をいち早く用意した。しかし、日本の対応は遅れて、多くの邦人が空港に取り残された。 そこに、2機の飛行機が到着した。トルコ航空の飛行機であった。日本人215名全員を乗せて、成田に向けて飛び立った。タイムリミットの1時間15分前であった。 なぜ、トルコ航空機が来てくれたのか、日本政府もマスコミも知らなかった。 前・駐日トルコ大使、ネジアティ・ウトカン氏は次のように語られた。 「エルトゥールル号の事故に際し、大島の人たちや日本人がなしてくださった献身的な救助活動を、今もトルコの人たちは忘れていません。私も小学生のころ、歴史教科書で学びました。トルコでは、子供たちでさえ、エルトゥールル号のことを知っています。今の日本人が知らないだけです。それで、テヘランで困っている日本人を助けようと、トルコ航空機が飛んだのです」 ![]() 日本人も、日本のことをもっと知らなくてはなりません。またそれを後世にもっともっと伝えなければなりません。 日本には、たくさんの歴史があるはずです。それと共に日本が古来より受け継がれてきた武士道精神、おもいやりの心・・・ マスコミを否定するわけではございませんが、報道されていることがすべて正しいことではありません。話題性などを重視しすぎて本当に大切なことを忘れていることも多々見受けられます。 正しい認識で、そして正しいこと、本当のことを子供達に伝えることができるようにしたいものであります。 日本人としての誇りと共に・・・ 参加されたみなさん、お疲れ様でした。
10月7日(日)PM2:00~御幸公園のもつけ太鼓小屋の清掃整理活動を行いました。 ![]() もつけ太鼓とは黒石青年会議所が創立30周年を記念して、世界一のねぷたと太鼓を製作しました。世界一の大きい人形ねぷたは保管が困難なため、点火して燃やしてしまいましたが、太鼓は小屋を建設して保管し、毎年黒石ねぷた祭りに出陣し観客に披露しております。また、各方面からの要請により、遠征なども行っています。 ![]() 今回は、その太鼓小屋の整理整頓です。祭り開催時はゆっくり整理ができる状況にないので、祭りが一通り終わり疲れがとれた頃を見計らって、ふるさと創成委員会が音頭をとって行いました。 ![]() 整理整頓していると、太鼓小屋には黒石青年会議所の多くの歴史が詰まっているということが感じ取れます。また、太鼓小屋の地中にはタイムカプセルが埋まっています。 1985年世界一のねぷたを運行してから100年後の2085年6月9日に開封と記されています。 このタイムカプセルを開ける頃には、いったいどんな世の中になっているのでしょうか? ![]() また、産業開館1階にはこの時同時に埋められて30年後の2015年に開封するタイムカプセルが、そして黒石神社には2006年に宮古黒石姉妹JC締結35周年を記念して上映した「あの夏タイムマシーンに乗って」という宮古JC製作の自作映画にちなんで埋めたタイムカプセルがあり2016年に開封することになっています。そのときの現役メンバーのみなさんよろしくお願いしますね! ↓世界一のねぷたを製作した当時の想いを書き記したものもあります。 ![]() そして屋根裏部屋には、当時の資料やら昔の黒石ねぷた祭りのポスターやらたくさんのものが保管されておりました。 保管されているものを整理しながら、見ているとなかなか作業がはかどりません(^_^) ![]() 煩雑に収納されているものを一旦外に出し、不要なものを処分して中をきれいに掃除してから必要なものを収納しました。 ![]() 作業は、子供たちにも手伝っていただきました。 ![]() ![]() 4時間ほどの時間を要して、こんなに太鼓小屋がきれいになりました。 これからも、この太鼓小屋からさまざまなねぷたの歴史が生まれることでしょう。 ![]() 参加されたメンバーは大変お疲れ様でした。 これからも、整理整頓しましょうね(^_^)
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